tnkado’s blog

駄文で綴る中年のたわごと(戯言)です

「あれが最後の時だったんだ」と悔やむのはいつも後のこと


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私が社会人1年目の時 

隣の部署にいた一回り年上のHさんは

ラソンが趣味で、髪の毛は少し寂しかったけど

身長180cm超の中肉中背で

端正な顔立ちをしていた

 

Hさんは毎日愛妻弁当を持参して

営業車の中で食べていた

 

新人研修のある日

私はHさんと一日同行することになった

 

昼食時、Hさんはいつものように愛妻弁当持参だと思い

私「コンビニで弁当買ってきます」と伝えると

Hさん「今日は同行だから弁当持ってきていない」

「ランチやっているお客さんのことろでメシ食おう」と云われた

 

Hさんは「出世したら豪華料理食わせろよ」と笑いながら話し

私は「任せてください、借りは返します」と答え

ランチをご馳走になった

 

時が過ぎ3年目の夏

私は新しく立ち上がった部署へ異動になった

 

9月の金曜日

定時の17時をとっくに過ぎていた18時頃に

業務上の所用で前任部署へ電話したらHさんが出た

 

その日残業していたのは、Hさんと他1名だった

 

Hさんは「明日が長女の運動会で、月曜が振替休みなので

有給取るから、メモでよければ伝言残しておくよ」と云われ

 私は「月曜日に掛け直します」と伝えた

 

月曜日、出勤すると上司に呼ばれ

日曜日にHさんが「亡くなった」ことを知らされた

 

雨天の為、土日ともお子さんの運動会は行われず

代わりに、日曜日の昼に家族で食事に行き

ついでに買い物をしてから帰宅

 

Hさんは「俺が家の鍵を開ける」と云い

先に車を降りて、駐車場から

両手に持てるだけの買い物袋を持ち玄関へ

 

奥さんがお子さん2人と玄関前に来ると

Hさんはうつ伏せに倒れていたそうだ

 

奥さん「パパ、服が汚れちゃうからふざけないで」と

声を掛けたがHさんからの返事はなく、高いびきが聞こえた

 

奥さんは救急車を呼び、Hさんは病院へ搬送されたが、

帰らぬ人となった

 

私は、Hさんへの借りを返すことが出来なくなってしまった 

 

「過去を変えることは出来ないけれども

未来を変えることは出来る」と人は云う

 

でも、「未来を見ることは出来ない」ので

「あの人に会ったのは、あれが最後の時だった」と

悔やむのはいつも後のことだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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